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2-1|永楽家とは|永楽善五郎|永楽家|土風炉・焼物師|千家十職|
千家十職 ■ 永楽家|永楽善五郎|土風炉・焼物師 ■ 永楽家とは ❚ 永楽家とは 永楽家~えいらくけ~とは、千家十職の内の一家で焼物を業とする職家。 仁清写、色絵、交趾など多彩な焼物を、千家の美意識に基づいた高度な技法で制作し、茶道具としての機能性と芸術性を兼ね備えた作品を生み出しています。 茶の湯の精神とともに歩み、千家好みの焼物を代々にわたり手がけてきたその技は、時代を経てもなお洗練され、伝統を守りながら新たな美を創造し続けています。 ❚ 永楽家のあゆみ 祖先はもともと大和国・西京(現材の奈良市西ノ京)に住む「土風炉師」であり、奈良の春日社(春日大社)の斎器(供御器)を制作していたと伝えられています。 永楽家初代/西村宗禅(生年不詳-1558)は千家開祖/抛筌斎千宗易利休(1522-1591)の師である堺の武野紹鷗(1502-1555)の依頼で「紹鷗好み」の茶の湯用土風炉を制作したことをきっかけに土風炉造りを家業とし、晩年には「土風炉師/善五郎」を名乗るようになります。 永楽家二代/西村宗善(生年不詳-1594)は大阪/堺に住んでいま


2-3|永楽家歴代|永楽善五郎|永楽家|土風炉・焼物師|千家十職|
千家十職 ■ 永楽家|永楽善五郎|土風炉・焼物師 ■ 永楽家|歴代 ❚ 永楽家|歴代 ■ 永楽家|初代 ■ 西村宗禅 ~にしむら・そうぜん~ 生年不詳 ― 永禄元年(1558年) 享年不詳 大和国西京西村に居住。 春日大社の供御器を制作。 ■ 永楽家|二代 ■ 西村宗善 ~にしむら・そうぜん~ 生年不詳 ― 文禄三年(1594年) 享年不詳 永楽家初代/西村宗禅の子として生まれる。 大坂・堺に移住。 ■ 永楽家|三代 ■ 西村宗全 ~にしむら・そうぜん~ 生没年不詳 ― 元和九年(1623年) 享年不詳 永楽家二代/西村宗善の子として生まれる。 大坂・堺を離れ京都に移住。 小堀遠州より「宗全」の銅印を拝領。 以後、九代まで「宗全印」を用いる。 ■ 永楽家|四代 ■ 西村宗雲 ~にしむら・そううん~ 生没年不詳 ― 承応二年(1653年) 享年不詳 ― ■ 永楽家|五代 ■ 西村宗筌 ~にしむら・そうせん~ 生没年不詳 ― 元禄十年(1697年) 享年不詳 ― ■ 永楽家|六代 ■ 西村宗貞 ~にしむら・そうてい~ 生没年不詳 ― 寛保元年(174


2-4|永楽家年表|永楽善五郎|永楽家|土風炉・焼物師|千家十職|
千家十職 ■ 永楽家|永楽善五郎|土風炉・焼物師 ■ 永楽家|年表 ❚ 永楽家|年表 1558年 (永禄元年) 永楽家初代/西村宗禅没す▼ 1594年 (文禄三年) 永楽家二代/西村宗善没す▼ 1623年 (元和九年) 永楽家三代/西村宗全没す▼ 1653年 (承応二年) 永楽家四代/西村宗雲没す▼ 1697年 (元禄十年) 永楽家五代/西村宗筌没す▼ 1741年 (寛保元年) 永楽家六代/西村宗貞没す▼ 1744年 (延享元年) 永楽家七代/西村宗順没す▼ 1769年 (明和六年) 永楽家八代/西村宗圓没す▼ 1770年 (明和七年) 永楽家十代/永楽了全生まれる★ 1779年 (安永八年) 永楽家九代/西村宗巌没す▼ 1795年 (寛政七年) 永楽家十一代/永楽保全生まれる★ 1819年 (文政二年) 永楽家十三代/西山藤助・曲全生まれる★ 1823年 (文政六年) 永楽家十二代/永楽和全生まれる★ 1834年 (天保五年) 永楽家十三代/永楽宗三郎・回全生まれる★ 1841年 (天保十二年) 永楽家十代/永楽了全没す▼ 1852年 (嘉永五


3-1|大西家とは|大西清右衛門|大西家|釜師|千家十職|
千家十職 ■ 大西家|大西清右衛門|釜師 ■ 大西家とは ❚ 大西家とは 大西家とは、千家十職の内の一家で鋳物を業とする職家。 大西家の釜は、時代ごとの茶道の美意識に寄り添いながらも、伝統的な鋳造技法を継承し、千家の茶の湯にふさわしい形や意匠を追求してきました。 釜は茶の湯の根幹を支える道具のひとつであり、その造形の美しさと実用性を兼ね備えた作品は、茶会の趣を大きく左右します。 大西家は、茶の湯の発展とともに技術を磨き、千家好みの茶釜を代々にわたり制作してきました。 時代の変遷を経ながらも、伝統の技法を守り続け、茶の湯の世界に欠かせない存在として今日に至ります。 ❚ 大西家のあゆみ 大西家の家祖は山城国/南山城広瀬村(現在の京都府南山城村大字田山小字広瀬)の出身で、当初は「広瀬」姓を名乗っていました。 この地は京都府唯一の村で京都府と滋賀県、三重県、奈良県の四県境に位置し、古くから鋳物師の里として知られていました。 大西家のはじまりは大西家初代/大西浄林(1590-1663)が二人の弟達と京へ上洛し、三条釜座の座人になったこといなります。


3-3|大西家歴代|大西清右衛門|大西家|釜師|千家十職|
千家十職 ■ 大西家|大西清右衛門|釜師 ■ 大西家|歴代 ❚ 大西家|歴代 ■ 大西家|初代 ■ 大西浄林 ~おおにし・じょうりん~ 天正十八年(1590年) ― 寛文三年(1663年) 七十三歳 山城国南山城広瀬村の出身。 大西浄久の兄 江戸大西家/大西定林の父 「広瀬」姓から「大西」姓に改姓 ■ 大西家|二代 ■ 大西浄清 ~おおにし・じょうせい~ 文禄三年(1594年) ― 天和二年(1682年) 八十八歳 大西家初代/大西浄林の弟。 大西浄久の兄 江戸大西家/大西定林の父 大西家歴代随一の名工と称される。 ■ 大西家|三代 ■ 大西浄玄 ~おおにし・じょうげん~ 寛永七年(1630年) ― 貞享元年(1684年) 五十四歳 大西家二代/大西浄清の長男として京都に生まれる。 ■ 大西家|四代 ■ 大西浄頓 ~おおにし・じょうとん~ 天保二年(1645年) ― 元禄十三年(1700年) 五十五歳 大西家三代/大西浄玄の長男として京都に生まれる。 ■ 大西家|五代 ■ 大西浄入 ~おおにし・じょうにゅう~ 天保四年(1647年) ― 正徳六年


3-4|大西家年表|大西清右衛門|大西家|釜師|千家十職|
千家十職 ■ 大西家|大西清右衛門|釜師 ■ 大西家|年表 ❚ 大西家|年表 1590年 (天正十八年) 大西家初代/大西浄林生まれる★ 1594年 (文禄三年) 大西家二代/大西浄清生まれる★ 1630年 (寛永七年) 大西家三代/大西浄玄生まれる★ 1645年 (寛永二十二年) 大西家四代/大西浄頓生まれる★ 1647年 (正保四年) 大西家五代/大西浄入生まれる★ 1663年 (寛文三年) 大西家初代/大西浄林死去▼ 1682年 (天和二年) 大西家二代/大西浄清死去▼ 1684年 (貞享元年) 大西家三代/大西浄玄死去▼ 1689年 (元禄二年) 大西家六代/大西浄元生まれる★ 1700年 (元禄十三年) 大西家四代/大西浄頓死去▼ 1716年 (正徳六年) 大西家五代/大西浄入死去▼ 1720年 (享保五年) 大西家七代/大西浄玄生まれる★ 1747年 (延享四年) 大西家八代/大西浄本生まれる★ 1749年 (寛延二年) 大西家九代/大西浄元生まれる★ 1762年 (宝暦十二年) 大西家六代/大西浄元死去▼ 1777年 (安永六年)


4-1|奥村家とは|奥村吉兵衛|奥村家|表具師|千家十職|
千家十職 ■ 奥村家|奥村吉兵衛|表具師 ■ 奥村家とは ❚ 奥村家とは 奥村家とは、千家十職の内の一家で表具を業とする職家。 奥村家の表具は、茶室のしつらえを整えるために欠かせない存在です。 千家の美意識に基づいた意匠と技法によって制作され、掛軸の装飾だけでなく、書や絵の保存・保護の役割を果たし、茶会の趣を演出します。 茶の湯の発展とともに技術を磨き続けてきた奥村家は、時代を超えて伝統の技法を守りながら、千家好みの表具を作り続けています。 その作品は、簡素の中に品格を宿し、茶の湯の世界に欠かせない存在となっています。 ❚ 奥村家のあゆみ 奥村家の遠祖は、近江国谷の庄に居住した武士・奥村三郎定道(生没年不詳)と伝えられています。 奥村三郎定道は小谷城の浅井家に仕えましたが、天正元年(1573年)八月の「姉川の合戦」で浅井家が滅亡したのち浪人となりました。 その子、奥村源六郎定次(生没享年不詳)は長男の奥村源子郎(生没享年不詳)を加賀/前田家に出仕させ摂津守定光と名乗り、「関ヶ原の合戦」で武功をたて加賀藩士となりました。...


4-1|奥村家歴代|奥村吉兵衛|奥村家|表具師|千家十職|
千家十職 ■ 奥村家|奥村吉兵衛|表具師 ■ 奥村家|歴代 ❚ 奥村家|歴代一覧 ■ 奥村家|初代 ■ 奥村吉右衛門清定 ~おくむら・きちえもん・きよさだ~ 元和四年(1618年) ― 元禄十三年(1700年) 八十三歳 奥村定次の次男として生まれる。 正保三年(1646年)、京都へ上洛、承認へ転業。 承応三年(1654年)、母方の家職を継ぎ、表具屋業を開業。 屋号「近江屋吉兵衛」を名乗る。 ■ 奥村家|二代 ■ 奥村吉右衛門休意 ~おくむら・きちえもん・きゅうい~ 嘉永二十年(1643年) ― 享保四年(1719年) 七十七歳 奥村家初代/奥村吉右衛門清定の長男として生まれる。 紀州徳川家の表具御用達を務める。 元禄十一年(1698年)、表千家への出入りを許される。 以後、当主は「吉兵衛」を名乗る ■ 奥村家|三代 ■ 奥村吉右衛門休誠 ~おくむら・きちえもん・きゅうせい~ 寛文八年(1668年) ― 寛保三年(1743年) 七十六歳 奥村家二代/奥村吉右衛門休意の長男として生まれる。 ■ 奥村家|四代 ■ 奥村吉五郎 ~おくむら・きちごろう~


4-4|奥村家年表|奥村吉兵衛|奥村家|表具師|千家十職|
千家十職 ■ 奥村家|奥村吉兵衛|表具師 ■ 奥村家|年表 ❚ 奥村家|年表 1618年 (元和四年) 奥村家初代/奥村吉右衛門清定生まれる★ 1643年 (嘉永二十年) 奥村家二代/奥村吉右衛門休意生まれる★ 1668年 (寛文八年) 奥村家三代/奥村吉右衛門休誠生まれる★ 1700年 (元禄十三年) 奥村家初代/奥村吉右衛門清定死去▼ 1719年 (享保四年) 奥村家二代/奥村吉右衛門休意死去▼ 1737年 (元文二年) 奥村家四代/奥村吉五郎生まれる★ 1743年 (寛保三年) 奥村家三代/奥村吉右衛門休誠死去▼ 1755年 (宝暦五年) 奥村家五代/奥村吉兵衛了誠生まれる★ 1780年 (安永九年) 奥村家六代/奥村吉兵衛休栄生まれる★ 1781年 (天明元年) 奥村家四代/奥村吉五郎死去▼ 1795年 (寛政七年) 奥村家七代/奥村吉次郎休音生まれる★ 1804年 (文化元年) 奥村家八代/奥村吉兵衛蕎庵生まれる★ 1825年 (文政八年) 奥村家五代/奥村吉兵衛了誠死去▼ 1837年 (天保八年) 奥村家七代/奥村吉次郎休音死去▼ 1


5-1|黒田家とは|黒田正玄|黒田家|竹細工・柄杓師|千家十職|
千家十職 ■ 黒田家|黒田正玄|竹細工・柄杓師 ■ 黒田家とは ❚ 黒田家とは 黒田家とは、千家十職の内の一家で竹細工を業とする職家。 黒田家の作品は、千家の美意識と茶の湯の機能美を兼ね備え、シンプルながらも洗練された造形が特徴で竹の質感や節の使い方に細心の注意を払い、一つひとつの道具に風格と趣を持たせています。 茶の湯の発展とともに技術を磨き、代々「千家好み」の竹細工を制作してきた黒田家の作品は、時代を越えて伝統の技法を守り続け、茶の湯の世界に欠かせない存在となっています。 ❚ 茶の湯と竹 黒田家は茶杓、柄杓をはじめ台子、香合、花入など竹を用いた茶道具を製作する職家です。 千家十職の一つとして、代々その技術を継承し、茶の湯の美意識に即した作品づくりを続けてきました。 竹は古くから茶の湯において欠かせない素材であり、「わび茶」を完成させた武野紹鷗(1502-1555)は自ら竹の茶杓を削り、千家開祖/抛筌斎千宗易利休(1522-1591)も「尺八」「園城寺(一重切)」「よなが(二重切)」などの竹花入を手がけ、「泪」「ゆがみ」などの茶杓を削っ


5-3|黒田家歴代|黒田正玄|黒田家|竹細工・柄杓師|千家十職|
千家十職 ■ 黒田家|黒田正玄|竹細工・柄杓師 ■ 黒田家|歴代 ❚ 黒田家|歴代 ■ 黒田家|初代 ■ 黒田正玄 ~くろだ・しょうげん~ 天正六年(1578年) ― 承応二年(1653年) 七十六歳 越前国黒田郡の出身。 二十三歳の頃、剃髪して「正玄」と改名。 近江国大津で竹細工をはじめる。 ■ 黒田家|二代 ■ 黒田正玄 ~くろだ・しょうげん~ 寛永二年(1625年) ― 貞享四年(1687年) 六十三歳 黒田家初代/黒田正玄の三男として生まれる。 三代徳川家光の御用柄杓師を務める。 了応二年(1653年)、家督を継承し、黒田家二代を襲名。 ■ 黒田家|三代 ■ 黒田正玄 ~くろだ・しょうげん~ 明暦二年(1656年) ― 享保四年(1717年) 六十二歳 黒田家二代/黒田正玄の長男として生まれる。 五代徳川綱吉の御用柄杓師を務める。 宝暦元年(1704年)、長男・弥吉に家督を譲り隠居。 隠居後、「正斎」と号す。 この頃より千家に出入りする。 ■ 黒田家|四代 ■ 黒田正玄 ~くろだ・しょうげん~ 元禄五年(1692年) ― 享保十六年(1


5-4|黒田家年表|黒田正玄|黒田家|竹細工・柄杓師|千家十職|
千家十職 ■ 黒田家|黒田正玄|竹細工・柄杓師 ■ 黒田家|年表 ❚ 黒田家|年表 1578年 (天正六年) 黒田家初代/黒田正玄 生まれる★ 1625年 (寛永二年) 黒田家二代/黒田正玄 生まれる★ 1653年 (承応二年) 黒田家初代/黒田正玄 死去▼ 1656年 (明暦二年) 黒田家三代/黒田正玄 生まれる★ 1687年 (貞享四年) 黒田家二代/黒田正玄 死去▼ 1692年 (元禄五年) 黒田家四代/黒田正玄 生まれる★ 1708年 (宝永五年) 黒田家五代/黒田正玄 生まれる★ 1717年 (享保四年) 黒田家三代/黒田正玄 死去▼ 1731年 (享保十六年) 黒田家四代/黒田正玄 死去▼ 1747年 (延享四年) 黒田家六代/黒田正玄 生まれる★ 1768年 (明和五年) 黒田家七代/黒田正玄 生まれる★ 1778年 (安永七年) 黒田家五代/黒田正玄 死去▼ 1809年 (文化六年) 黒田家八代/黒田正玄 生まれる★ 1814年 (文化十一年) 黒田家六代/黒田正玄 死去▼ 1819年 (文政二年) 黒田家七代/黒田正玄 死去▼


6-1|駒澤家とは|駒澤利斎|駒澤家|指物師|千家十職|
千家十職 ■ 駒澤家|駒澤利斎|指物師 ■ 駒澤家とは ❚ 駒澤家とは 駒澤家~こまざわけ~とは、千家十職の内の一家で指物を業とする職家。 駒澤家の指物は、木の質感を生かした繊細な細工と、無駄のない端正な意匠が特徴です。 釘を使わず、木と木を組み合わせて構築する高度な技術によって、機能性と美しさを兼ね備えた作品を生み出しています。千家の茶の湯の精神に基づき、茶室の空間や道具の調和を考慮しながら、品格ある指物を制作し続けています。 駒澤家は、茶の湯の発展とともに技術を磨き、千家好みの指物を代々にわたり制作してきました。 その作品は、時代の変遷を経ながらも、伝統の技法を守り続け、茶の湯の世界に欠かせない存在として今日に受け継がれています。 ❚ 駒澤家のあゆみ 駒澤家は表千家の近くの小川通寺ノ内下ル射場町に居を構え、延宝年間(1673年-1681年)以来、代々「指物」を業としてきました。 木地台子、長板、棚物、卓、木地水指、文庫硯蓋、茶箱、炭台、行灯、炉縁、菓子器、莨盆など、茶の湯に関わる多種多様な木地道具を手掛けてきた記録が残っています。 ...


6-3|駒澤家歴代|駒澤利斎|駒澤家|指物師|千家十職|
千家十職 ■ 駒澤家|駒澤利斎|指物師 ■ 駒澤家|歴代 ❚ 駒澤家|歴代 ■ 駒澤家|初代 ■ 宗源 ~そうげん~ 生年不詳 ― 江戸初期 享年不詳 延宝年間(1673年-1681年)頃に指物を業としたと伝えられている。 ■ 駒澤家|二代 ■ 宗慶 ~そうけい~ 寛永五年(1628年) ― 元禄六年(1693年) 六十六歳 ―。 ■ 駒澤家|三代 ■ 長慶 ~ちょうけい~ 生年不詳 ― 貞享三年(1686年) 享年不詳 。 ■ 駒澤家|四代 ■ 駒澤利斎 ~こまざわ・りさい~ 延宝元年(1673年) ― 延享三年(1746年) 七十四歳 駒澤家三代/長慶の婿養子。 千家に出入りの「茶方指物師」となる。 表千家六代/覚々斎原叟宗左より「利斎」の号を授かる。 四代より駒澤家では「利斎」を名乗る。 ■ 駒澤家|五代 ■ 駒澤利斎 ~こまざわ・りさい~ 宝永四年(1707年) ― 明和元年(1764年) 五十八歳 駒澤家四代/駒澤利斎の子として生まれる。 表千家七代/如心斎天然宗左より「リ斎」の書を授かる。 以後、駒澤家では小判型の「り」の印判と家紋の


6-4|駒澤家年表|駒澤利斎|駒澤家|指物師|千家十職|
千家十職 ■ 駒澤家|駒澤利斎|指物師 ■ 駒澤家|年表 ❚ 駒澤家|年表 1628年 (寛永五年) 駒澤家二代/宗慶生まれる★ 1686年 (貞享三年) 駒澤家三代/長慶死去▼ 1673年 (延宝元年) 駒澤家四代/駒澤利斎生まれる★ 1693年 (元禄六年) 駒澤家二代/宗慶死去▼ 1707年 (宝永四年) 駒澤家五代/駒澤利斎生まれる★ 1746年 (延享三年) 駒澤家四代/駒澤利斎死去▼ 1739年 (元文四年) 駒澤家六代/駒澤利斎生まれる★ 1764年 (明和元年) 駒澤家五代/駒澤利斎死去▼ 1770年 (明和七年) 駒澤家七代/駒澤利斎生まれる★ 1796年 (寛政八年) 駒澤家八代/駒澤利斎生まれる★ 1803年 (享和三年) 駒澤家六代/駒澤利斎死去▼ 1841年 (天保十二年) 駒澤家十代/駒澤利斎生まれる★ 1846年 (弘化三年) 駒澤家八代/駒澤利斎死去▼ 1852年 (嘉永三年) 駒澤家十一代/駒澤利斎生まれる★ 1862年 (文久二年) 駒澤家九代/駒澤利斎死去▼ 1866年 (慶応二年) 駒澤家十代/駒澤利斎死去


7-1|土田家とは|土田友湖|土田家|袋師|千家十職|
千家十職 ■ 土田家|土田友湖|袋師 ■ 土田家とは ❚ 土田家とは 土田家~つちだけ~とは、千家十職の内の一家で仕服(仕覆)などの袋物を業とする職家。 その千家十職の一つである土田家は、三千家御用達の「袋師」として「仕覆」「帛紗」などをはじめ代々家元の「御好物」などの制作を業とする職家です。 土田家の仕覆は、茶器や茶道具を包み込むだけでなく、その美しさを引き立てる役割も果たします。 使用される裂地は、古くから伝わる名物裂をはじめ、時代ごとの美意識に即したものが選ばれ、一針一針丁寧に仕立てられます。仕覆の紐や結び方に至るまで、茶の湯のしつらえにふさわしい細やかな工夫が施され茶道具としての品格を高めています。 土田家は、茶の湯の発展とともに技術を磨き、千家好みの袋物を代々にわたり制作してきました。 その作品は、時代の変遷を経ながらも、伝統の技法を守り続け、茶の湯の世界に欠かせない存在として知られています。 ❚ 土田家のあゆみ 土田家の祖先は江州(現在の滋賀県)蒲生郡土田村出身で侍の土田七大夫(生没年不詳)と伝えられています。後に初代彦根藩主/井伊


7-3|土田家歴代|土田友湖|土田家|袋師|千家十職|
千家十職 ■ 土田家|土田友湖|袋師 ■ 土田家|歴代 ❚ 土田家|歴代 ■ 土田家|初代 ■ 土田友湖 ~~ 元禄二年(1689年) ― 明和二年(1765年) 七十七歳 土田七太夫の長男として生まれる。 袋師・亀岡宗理より家職を継承。 表千家六代/覚々斎原叟宗左の引き立てにより千家袋師となる。 表千家七代/如心斎天然宗左より「友湖」の号を授かる。 ■ 土田家|二代 ■ 土田友湖/半四郎 ~~ 享保十七年(1732年) ― 宝暦七年(1757年) 二十六歳 土田家初代/土田友湖の子として生まれる。 父在世中に早世。 ■ 土田家|三代 ■ 土田友湖/半四郎 ~~ 延享四年(1747年) ― 天明四年(1784年) 三十八歳 丁字家嘉兵衛の長男として生まれる。 土田家二代/土田友湖の養子。 養父に続き自身も早世。 ■ 土田家|四代 ■ 土田友湖/鶴寿院貞松 ~~ 享保四年(1719年) ― 享和元年(1801年) 八十二歳 土田家初代/土田友湖の娘として生まれる。。。 ■ 土田家|五代 ■ 土田友湖/半四郎 ~~ 安永八年(1779年) ― 文政八


7-4|土田家年表|土田友湖|土田家|袋師|千家十職|
千家十職 ■ 土田家|土田友湖|袋師 ■ 土田家|年表 ❚ 土田家|年表 1689年 (元禄二年) 土田家初代/土田友湖生まれる★ 1719年 (享保四年) 土田家四代/土田友湖/鶴寿院貞松生まれる★ 1732年 (享保十七年) 土田家二代/土田友湖/半四郎生まれる★ 1747年 (延享四年) 土田家三代/土田友湖/半四郎生まれる★ 1765年 (明和二年) 土田家初代/土田友湖死去▼ 1757年 (宝暦七年) 土田家二代/土田友湖/半四郎死去▼ 1784年 (天明四年) 土田家三代/土田友湖/半四郎死去▼ 1801年 (享和元年) 土田家四代/土田友湖/鶴寿院貞松死去▼ 1779年 (安永八年) 土田家五代/土田友湖/半四郎生まれる★ 1825年 (文政八年) 土田家五代/土田友湖/半四郎死去▼ 1804年 (文化元年) 土田家六代/土田友湖/半四郎生まれる★ 1836年 (天保七年) 土田家七代/土田友湖/半四郎生まれる★ 1860年 (万延元年) 土田家十代/土田友湖/浄雪院妙要生まれる★ 1862年 (文久二年) 土田家八代/土田友湖/半



