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3-1|大西家とは|大西清右衛門|大西家|釜師|千家十職|

千家十職



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■ 大西家|大西清右衛門|釜師 ■

大西家とは






❚ 大西家とは

大西家とは、千家十職の内の一家で鋳物を業とする職家。

大西家の釜は、時代ごとの茶道の美意識に寄り添いながらも、伝統的な鋳造技法を継承し、千家の茶の湯にふさわしい形や意匠を追求してきました。

釜は茶の湯の根幹を支える道具のひとつであり、その造形の美しさと実用性を兼ね備えた作品は、茶会の趣を大きく左右します。


大西家は、茶の湯の発展とともに技術を磨き、千家好みの茶釜を代々にわたり制作してきました。

時代の変遷を経ながらも、伝統の技法を守り続け、茶の湯の世界に欠かせない存在として今日に至ります。











❚ 大西家のあゆみ

大西家の家祖は山城国/南山城広瀬村(現在の京都府南山城村大字田山小字広瀬)の出身で、当初は「広瀬」姓を名乗っていました。

この地は京都府唯一の村で京都府と滋賀県、三重県、奈良県の四県境に位置し、古くから鋳物師の里として知られていました。


大西家のはじまりは大西家初代/大西浄林(1590-1663)が二人の弟達と京へ上洛し、三条釜座の座人になったこといなります。

三条釜座は、当時の京における釜師の中心地であり、茶の湯釜の製作を担う重要な役割を担っていました。大西家初代/大西浄林はここで技を磨きながら名声を高め、その技をもって茶の湯の世界に深く関わるようになります。



以後、大西家四代/大西浄頓(1645-1700)以降、大西家九代/大西浄元(1749-1811)を除き、代々の当主は「清右衛門」の名を継承し、千家十職の釜師として表千家・裏千家・武者小路千家の各家に茶の湯釜を納め続けました。



大西家の釜は、単なる道具ではなく、茶の湯の精神そのものを映す芸術品として高く評価されています。千家十職の釜師として茶道と深く結びつき伝統を守りながらも時代の感性を取り入れ、鋳物師としての誇りと美意識を今に伝えています。











❚ 大西清右衛門美術館

大西家は京都市中京区三条釜座に工房を構え、代々受け継がれてきた伝統の技を今に伝えています。

併設の「大西清右衛門美術館」では、歴代の茶の湯釜や関連資料を展示し、釜師の歩みとその技を広く紹介しています。伝統を守りながらも、今日の茶人の感性や要望に応じた作品づくりに努め、茶の湯文化の継承と発展に貢献しています。



[所 在 地] 〒604-8241 京都市中京区三条通新町西入る釜座町18-1

[連 絡 先] 075-221-2881













商品カテゴリー
茶道具|中古道具市
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