1-1|樂家とは|樂吉左衛門|茶碗師|千家十職
- ewatanabe1952

- 2023年11月29日
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千家十職

■ 樂家|樂吉左衛門|茶碗師 ■
樂家とは
❚ 樂家とは
樂家とは、千家十職の内の一家でわが国独自の樂焼を業とする職家。
安土桃山時代(1573-1603)より一子相伝の技を継承し、今日に至るまで約四百五十年の歴史を紡いできました。
樂焼は手捏ねによって成形し、低火度で焼成する独自の製法を特徴とし、柔らかく温かみのある質感が茶人たちに愛されてきました。
❚ 樂家のあゆみ
樂焼の起源については近年の研究により、中国・明代(1368-1644)の河南地方に伝わる「三彩陶」にその源流を持つことが明らかにされています。
古文書には樂焼の創始者である樂家初代/樂長次郎(生年不詳-1589)の父として、唐人・阿米也(生没年不詳)なる人物が記されており、作品こそ現存していないものの、この「阿米也」こそが中国・明代の「三彩陶」の技法をわが国へ伝えた人物と考えられています。
安土桃山時代、京都を中心に色鮮やかな「三彩釉」を用いた焼物が盛んに焼かれはじめており、樂家初代/樂長次郎もその技術をもった焼物師の一人であったと考えられています。
長次郎の生み出す茶碗は「質」「形」「色」などすべての要素が「茶の湯」の精神に合致していることから、千家開祖/抛筌斎千宗易利休(1522-1591)の指導があったことが推測されています。
樂家は豊臣秀吉(1536-1598)が建てた聚樂第の近くに居を構えており、樂家初代/樂長次郎の樂茶碗は、聚樂第に屋敷をもつ千家開祖/抛筌斎千宗易利休の手を経て世に出されたことなどから、後にこの焼物は「聚樂焼茶碗」と呼ばれるようになり、やがて時代が経つとともに「樂焼」「樂茶碗」と尊称されるようになり、やがて家名として「樂」が定着するに至ったという。
以来、樂家では代々「樂」を性とし、樂家三代/道入(ノンコウ)(1599-1656)以降の各当主には隠居時に「入」の字を含む「入道号」という名前が贈られており、後世にはその「入道号」で呼ばれる事が多くなりました。
❚ 樂家の居
樂家が今日の「京都/油小路二条」に居と窯場を構えたのは桃山時代に遡ります。
天正四年(1576年)、法華寺の再建のための「勧進帳記録(京都頂妙寺文書)」には
に「田中宗慶」「樂家二代/樂常慶」「庄左衛門・宗味」の名前が以下のように記されており、それぞれが京都の異なる地域に移住されていたことが確認できる。
田中宗慶は南猪熊町 樂家二代/樂常慶は中筋町 庄左衛門・宗味は西大路町
❚ まとめ
四百五十年もの間、樂家歴代は変わることなく、樂焼の伝統と一子相伝の技術受け継ぎ、その制作と焼成法は、桃山時代から全く変わることなく今日も受け継がれています。
樂茶碗は、単なる器ではなく、茶道の精神を体現するものとして、茶人にとって特別な存在であり続けています。今なお、四百五十年以上の時を超え、樂家の手によって生み出される茶碗は、茶の湯の世界に深く根付き、その伝統を未来へとつないでいます。
また樂焼の歴史や作品を学ぶことができる施設として、京都には「樂美術館」、滋賀には「佐川美術館・樂吉左衛門館」があります。これらの美術館では、樂家の歴代作品や茶の湯文化に関する展示が行われており、樂焼の伝統と魅力を深く知ることができます。
❚ 樂美術館
[所 在 地] 〒602-0923 京都府京都市上京区油橋詰町87−1
[連 絡 先] TEL 075-414-0304
[公式 HP] https://www.raku-yaki.or.jp/
❚ 佐川美術館/樂吉左衛門館
[所 在 地] 〒524-0102 滋賀県守山市水保町北川2891
[連 絡 先] TEL 07-585-7800


