2-1|裏千家とは|裏千家|今日庵|三千家
- ewatanabe1952

- 2024年3月30日
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三千家

■ 裏千家|今日庵 ■
裏千家とは
❚ 裏千家とは

裏千家とは、千家開祖/千宗易利休(1522-1591)の孫・千家三代/咄々斎元伯宗旦(1578-1658)の四人の息子の内、四男である裏千家四代/臘月庵仙叟宗室(1622-1697)によって興された茶道の流派で表千家、武者小路千家と並び「三千家」の一つとして知られています。
宗旦の息子
長男 ▶閑翁宗拙(1592-1652)・・・父宗旦より勘当 次男 ▶似休齋一翁宗守(1605-1676)・・・武者小路千家四代御家元 三男 ▶逢源斎江岑宗左(1613-1672)・・・表千家四代御家元 四男 ▶臘月庵仙叟宗室(1622-1697)・・・裏千家四代御家元
臘月庵仙叟宗室が千家の道統を受け継ぎ、独自の工夫を加えながら発展を遂げ、表千家、武者小路千家を含めた三千家の中でもいち早く門戸を広げ、茶道の普及と近代化に対応した流派です。
近年の裏千家では、十五代御家元の鵬雲斎汎叟宗室が掲げた「一碗からピースフルネスを」という理念を掲げ、茶道を通じて平和の大切さを伝える活動を積極的に展開しています。
今日では、裏千家は世界各地に門弟を擁する国際的な茶道流派として、茶の湯の伝統と文化を広め続けています。
❚ 裏千家の由来

裏千家の呼び名は江戸時代(1603-1868)初期から自然と定着したものであり、表千家の茶室「不審庵」と対比し、通りの裏側(寺之内通り)に位置したことから「裏千家」と称されるようになりました。
❚ 裏千家のあゆみ

裏千家は、千家開祖/抛筌斎千宗易利休の流れをくむ三千家の一つであり、千家三代/咄々斎元伯宗旦の隠居所「今日庵」を継承しつつ、代々の家元は茶道文化の普及と教育に尽力してきました。
裏千家四代/臘月庵仙叟宗室や裏千家五代/不休斎常叟宗室(1673-1704)が「伊予松山藩松平(久松)家」の茶頭を務めたことにより、武家茶道との深い結びつきを持ち裏千家の基礎を築き、江戸時代(1603-1868)を通じて、裏千家は茶道の普及に尽力し、武家、公家、町人など幅広い層に茶の湯を伝えました。
裏千家八代/又玄斎一燈宗室(1717-1771)は表千家七代/如心斎天然宗左(1705-1751)と共に「七事式」を制定し、稽古法を体系化することで庶民への普及に寄与しました。
天明八年(1788年)、天明の大火で建物は焼失しましたが、裏千家九代/不見斎石翁宗室(1746-181)の手により再建され、今日庵や又隠などの茶室群が整えられました。
明治時代(1868-1912)に入ると立礼式の創案や教育機関設立を通じて近代化を進め広く一般の人々にも門戸を開き、昭和期(1926-1989)には裏千家十四代/無限斎(淡々斎)碩叟宗室が、より広い層への茶道の普及を目的として全国同門をまとめる「淡交会」を設立。財団法人今日庵と連携して茶道文化の保存・普及に尽力。
戦後は学校教育や国際交流の場にも茶道を広め、裏千家の茶の湯は国内外で多くの人々に親しまれています。
1940年 (昭和十五年)
「淡交会」設立(1953年に社団法人認可)
1947年 (昭和二十二年)
「財団法人 国際茶道文化協会」設立
1949年 (昭和二十四年)
「財団法人 今日庵」設立 「淡交社」創業
1953年 (昭和二十八年)
「社団法人茶道裏千家淡交会」認可
1962年 (昭和三十七年)
「茶道研修所」設立(のちの「裏千家学園 茶道専門学校」)
1971年 (昭和四十六年)
「裏千家学園」創設
1976年 (昭和五十一年)
「裏千家学園」専修学校として認可
1983年 (昭和五十八年)
「学校法人裏千家学園茶道専門学校」
1994年 (平成六年)
中国「天津商業大学裏千家茶道短期大学」設立
❚ 一般社団法人 茶道裏千家淡交会
淡交会とは宗家直轄の組織として御家元指導方針の尊守、基本的な点前作法の統一、茶道文化の研究、同門の親睦、茶道文化の発展に寄与することを目的とし、昭和十五年(1940)、それまで全国に存在していた裏千家茶道のさまざまなな会や団体をまとめ裏千家の門人を統括する組織として発足しました。
昭和二十八年(1953年)一月二十四日、文部省(文部科学省)から社団法人の認可を受ける。
平成二十五年(2013年)一月四日、法改正に伴い一般社団法人へと移行。
今日では全国に17地区、165支部・2支所が設置され、さらに国際文化親善及び観光に資するための各種事業に寄与するため世界各国に海外協会が組織されています。
淡交会は、裏千家茶道を通じて国際的な文化交流の架け橋としても大きな役割を担っています。
[名の由来]
「淡交会」という名称は、裏千家十四代/無限斎(淡々斎)碩叟宗室の斎号に由来します。 その語源は以下の中国の古典「荘子(そうじ)」の一節、 「君子之交淡若水(君子の交わりは淡きこと水の若し)」 これは君子の交わりは水のように淡々として執着せず、感情に流されない平常心の交わりを理想とする教えであり、淡交会の理念に深く通じています。
❚ 一般財団法人 今日庵
一般財団法人 今日庵は、千利休の伝統を継ぐ裏千家茶道を保存・育成するとともに、その精神を広く一般に普及させ、日本文化の興隆に貢献することを目的として設立された法人です。
裏千家茶道の普及、茶道検定、茶道文化に関する研究、茶会・献茶の茶道行事の開催、茶室建築や造園などの指導及び人材育成など茶道文化の維持、発展に多大な役割を担っています。
また、今日庵に現存する遺跡・遺品・美術工芸品・建造物の管理、保存にも力を注いでいます。
昭和二十四(1949年)五月二日、設立。
平成二十五年(2013年)四月一日、法改正に伴い一般財団法人へと移行。
❚ 裏千家の特徴
裏千家の茶風は、柔軟で親しみやすく、時代とともに変化に対応する点に特徴があります。
形式にとらわれない温かなもてなしを重んじ、点前は流麗で優雅、茶席は穏やかで明るく、亭主と客の心の調和を大切にします。
教育や国際交流にも積極的で、茶道を生活文化として広く伝える姿勢を持っています。
茶道
ちゃどう CHADOU (CHADO)
お辞儀
「真」・「行」・「草」の3種類。
正座
男性:膝を拳二つ分開ける。 女性:膝を拳一つ分開ける。
足の運び
入室:右足から入室。 運び:一畳を4歩で歩く。
薄茶
泡立てる
帛紗
男性:紫。 女性:朱。
茶筅
白竹
菓子器 (薄茶)
菓子鉢 (蓋無し)
❚ まとめ
裏千家は、今日庵を拠点として発展した三千家の一つです。
江戸時代(1603-1868)の武家文化との交流、裏千家十四代/無限斎(淡々斎)碩叟宗室以降の教育・文化・国際交流を経て、伝統を守りつつ現代社会に寄り添う茶の湯を実践しています。
茶室「今日庵」を象徴に格式ある伝統と、門弟への教育・国際的な文化普及活動を両立させており、国内外で広く茶道文化を発展させ続けています。


