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1-3|床の間とは|床の間の歴史と役割|茶室と露地

更新日:2025年12月10日

茶道の基礎知識





■ 茶室と露地 ■

床の間






❚ 目次











❚ 01.床の間とは

今日、「床の間」といえば、掛物や花入を飾る「床」のみを指すことが一般的ですが、本来は書院造における格式を示す空間全体を指します。

具体的には、床を中心に、採光を目的とする「付書院」、その反対側に設けられる「違棚」や「袋棚」などを含めて「床の間」と称されていました。

書院造の間取りでは、「床の間」のある側を「上座」、その反対側を「下座」とし、江戸時代以前の大名屋敷や城郭の御殿においては、「上座」を「上段」、それ以下を「中段」「下段」などと称していました。

茶室においても、これらの伝統的な形式を継承しながら、わび茶の精神に基づき、より簡素で機能的な床の間へと変化していきます。


付書院

読み:​つけしょいん 付書院とは、和室や床の間の脇に設けられる書院の一形式で、採光を目的とする「平書院」と、障子と棚板によって構成される「付書院」の二種に大別されます。 南北朝時代(1336-1392)には、文箱などを置いて鑑賞するために設けられ、その後、書院造の発展とともに、格式ある空間を構成する重要な要素として整えられていきました。 書院造においては、付書院の有無や意匠が部屋の格を示す指標ともなり、床の間と一体となって主客関係や空間の序列を示す役割を担っていました。

脇床

読み:​わきどこ 脇床とは、主たる「床の間」に対して補助的に設けられる空間を指します。書院造の格式ある座敷では、違棚や袋棚が脇床として配置されることが多く、床の間の装飾性や機能性を高める役割を果たしてきました。 一方、茶室においては、脇床はより簡素に設えられ、主たる床の間を引き立てるための控えめな存在として扱われます。とくに大名屋敷などでは、身分の違いによって脇床の設計や意匠に差が見られ、空間そのものが格式の象徴として機能していました。 書院造の格式を受け継ぐ広間の茶席では脇床が設けられることもありますが、草庵茶室においては、わび茶の思想に基づき、脇床そのものを省略するなど、より研ぎ澄まされた構成が採られる傾向にあります。


茶室の床の間は、書院造の伝統を基盤としながらも、形式を削ぎ落とすことで、わび茶の精神にかなった静謐で簡素な空間へと昇華していきました。



茶室における床の間は、単なる装飾の場ではなく、掛物や花を通して亭主の心を映し出し、茶の湯の世界観を凝縮して伝えるための中心的な場であり、茶室空間に欠かすことのできない要素となっています。











❚ 02.床の間 ―歴史―

床の間の起源は仏教に由来します。もともと仏家においては、仏像を安置し礼拝するために「押板」や「棚」が設けられており、そこに仏具や経巻を置くことが一般的でした。やがて、この形式が武家社会へと広がり、武家屋敷では仏画や仏具、名物道具などを飾る「床飾」が行われるようになったとされています。



室町時代(1336-1573)の書院造においては、壁に掛物を掛け、三具足(花瓶・香炉・燭台)や置物を飾る場が「押板」に相当し、「床」とは本来、貴人が座すために設けられた一段高い「上段の間」を指していました。

この時代の床の間は、単なる装飾空間ではなく、身分や権力を象徴するための極めて政治的・社会的意味を持つ空間であったといえます。



その後、「上段の間」と「押板」の機能が次第に融合し、領主や家の主人が名物道具や掛物を飾る場として発展することで、現在の床の間の原型が形成されました。こうして床の間は、書院造の発展とともに、武家住宅における格式を示す重要な空間として確立されていきます。



やがて、床の間は書院造の広間だけでなく、茶の湯と禅の思想が結びつくことで茶室にも取り入れられるようになりました。戦国時代、武野紹鷗(1502-1555)が考案したとされる「四畳半」の茶室では、床の間の間口は二尺三寸と小型化され、壁は張付とし、床縁は黒塗とするなど、その仕様が厳格に定められていました。



その後、千家開祖/抛筌斎千宗易利休(1522-1591)が茶の湯を「わび茶」として大成させる過程で、茶室は草庵化へと向かい、それに伴って床の間の構造も大きく変化していきます。

床の間の間口は五尺、四尺と次第に縮小され、床柱や床縁は黒塗の角材から、景色を活かした自然な丸太へと変わり、壁も張付から土壁へと改められていきました。こうした変化によって、床の間は格式を誇示する場から、亭主の美意識や精神性を静かに表現する場へとその役割を変えていったのです。



江戸時代(1603-1868)に入ると、床の間は武家屋敷だけでなく、一部の町人住宅にも取り入れられるようになり、身分の高い客を迎えるための「座敷飾」が広く行われるようになります。掛軸を掛け、季節の花を生けることが、もてなしの基本として社会に定着していきました。



明治時代(1868-1912)以降になると、床の間は「客間」や「座敷」の象徴的存在として、さらに多くの家庭に設けられるようになります。しかし、近代以降の住宅の西洋化に伴い、畳の部屋や掛軸を掛ける習慣が減少したことで、一般住宅における床の間の存在感は次第に薄れていきました。



今日では、住宅空間としての床の間の役割は縮小しつつありますが、茶室においては依然として極めて重要な存在であり続けています。茶室の床の間は、客が最初に目を向ける場所であり、掛物や花によって亭主のもてなしの心や季節感を端的に伝える場です。加えて、光と影を巧みに取り入れることで、限られた空間に奥行きと静寂を生み出す役割も果たしています。



床の間は、仏家の礼拝空間から始まり、武家の格式を示す場を経て、茶室においては「わび茶」の精神を体現する場へと変遷を遂げてきました。

今日においてその姿は変化しつつあるものの、茶の湯における床の間は、今なお日本の美意識と精神文化を象徴する空間として、生き続けています。


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❚ 03.床の間 ―位置―

書院造において、床の間の配置には厳格な形式が定められていました。

正面奥の左側に「床の間」を置き、右側に「違い棚」、さらに床の間の左側(縁側側)に「付書院」を設ける構成が正式とされ、この配置は「本勝手」と呼ばれます。



これに対し、「床の間」の左側に「違い棚」、右側に「付書院」を配する形式は「逆勝手」と称されます。書院造における床の間は、主人の権威や家格を示す象徴的空間であり、武家や公家の邸宅では、これらの配置が伝統的に守られてきました。


一方、茶室における床の間の位置は、書院造ほど厳密な規定に縛られることはなく、茶の湯の思想や空間の目的に応じて柔軟に構成されてきました。

一般に、亭主が北に向かって点前を行い、床の間を北側に設け、東から柔らかな自然光を取り入れる構造が理想とされてきました。

この配置により、光と影の対比が生まれ、静寂で落ち着きのある茶室空間が形成されます。



茶室の床の間の配置は、亭主と客の関係性やもてなしの在り方を反映する要素でもあり、その位置によって茶室全体の印象や趣が大きく変化します。



代表的な床の間の配置には、以下の三つの形式があります。



上座床

読み:​じょうざどこ 別名:本床 点前座から見て正面右側(東側)に床の間を設ける形式で、茶室において最も一般的な配置です。 格式を重んじる正式な茶席や改まった茶会に用いられることが多い形式です。

下座床

読み:​げざどこ 点前座から見て後方右側(東側)に床の間を設ける形式で、上座床に比べてやや控えめな印象を持ち、空間の奥行きを活かした構成となります。 華美を避け、簡素さを尊ぶ「わび茶」の精神により近い配置とされています。

亭主床

読み:​ていしゅどこ 点前座の近くに床の間を設ける形式で、亭主自身が床の間の設えを身近に感じながら点前を行うことができます。もともと茶室では、勝手口(茶道口)から遠く、客座側に床の間を設け、客が掛物や花を拝見しながら茶席の趣を味わうことを重視していました。 しかし、茶の湯が精神性を深める中で、床の間の位置も多様化し、亭主自らが空間全体を整え、もてなしに関わる意識を象徴する形式として「亭主床」が生まれました。


茶室の床の間は、当初は勝手口から遠く、客座側に設けることが基本でしたが、茶の湯が形式を超えた精神文化として発展するにつれ、その配置にも柔軟性が生まれました。



書院造においては格式の象徴であった床の間も、茶室ではより自由な発想が取り入れられ、「わび茶」の理念に即した簡素で機能的な構成へと変化していきました。



今日も、茶室における床の間の位置には、流派や茶席の目的に応じた多様な形式が存在し、それぞれに深い意味と美意識が込められています。











❚ 04.床の間 ―構成―

茶室における床の間は、単なる装飾の場ではなく、亭主のもてなしの心や茶の湯の精神を表現する重要な空間です。その構成は、「床柱」「相手柱」「床框」「落掛」などの要素から成り立ち、それぞれが空間の調和と格式を高める役割を担っています。



一般的な茶室の床の間では、「床柱」と「相手柱」の間に一段高い畳面の「床」を設け、前面の畳との段差部分に「床框」を取り付けます。また、上部には天井から吊られた小壁を受けるための「落掛」が渡され、床の間全体の構造と意匠を引き締めています。


このように、床柱・相手柱・床框・落掛といった基本要素を備えた形式の床の間を「本床(ほんどこ)」と称し、茶室における伝統的な床の間の設えとされています。



床柱

読み:​とこばしら 床柱とは、床の間の脇に立てられる化粧柱のことで、床を挟んで反対側に立つ柱を「相手柱」と呼びます。もともと書院造においては、床柱には角柱が用いられるのが正式とされていました。 千家開祖/抛筌斎千宗易利休(1522-1591)による茶室の草庵化が進む中で、豪壮さよりも簡素さや自然味が重視されるようになり、床柱には丸太が用いられることが一般的となりました。 当初は床柱と相手柱は対として捉えられていましたが、江戸時代(1603年-1868年)頃になると、床柱の意匠的な重要性が高まり、景色のある材や銘木を用いることで、床の間全体の趣を引き立てる役割を担うようになります。今日においても、床柱の選定は亭主の美意識を示す重要な要素とされています。

床框

読み:​とこかまち 床框とは、床の間と前面の畳との段差部分に設けられる横木(よこぎ)のことで、床の間の縁を明確にし、空間を引き締める役割を果たします。 かつて四畳半以下の小間茶室では、床框の下に一寸(約3cm)ほどの「押板」を設ける形式が一般的でした。しかし時代の変遷とともにこの押板は省略され、現在では畳の上に直接床框を設ける形式が主流となっています。 床框は視覚的な区切りを生むだけでなく、床の間の格式を高め、掛物や花を引き立てる重要な構成要素です。

落掛

読み:​おとしがけ 落掛とは、床柱と相手柱の間に渡して設けられる横木で、床の間正面上部に位置します。天井から吊られた小壁を受け止める役割を持ち、構造的な安定性を確保するとともに、床の間全体の意匠を整える役割を果たします。 落掛が設けられることで、床柱や床框との上下のバランスが整い、床の間に奥行きと落ち着きが生まれます。その存在は控えめでありながら、茶室空間における品格を支える重要な要素といえます。


茶室における床の間は、掛物や花を飾ることで、亭主のもてなしの心やその日の趣、季節感を伝える場でもあります。床柱、床框、落掛といった各構成要素には、茶道の精神や日本独自の美意識が凝縮されており、それらが調和することで、茶の湯の空間は完成されます。



床の間は単なる設えではなく、精神文化を空間として表現した象徴的存在であり、茶室の中核を成す重要な場所であり続けています。











❚ 05.床の間 ―形式―

当初、茶室における床の間は「一間床」が主流でした。

しかし、千家開祖/抛筌斎千宗易利休(1522-1591)による茶室の草庵化が進むにつれ、茶室全体がより簡素でわびた空間へと変化し、それに伴って床の間の間口も次第に狭められていきました。


また、それまで角柱が用いられていた床柱や床框には丸太が使われるようになり、壁も紙張りから土壁へと改められました。これにより、自然素材の風合いを生かした、わび・さびの精神がより色濃く反映された空間へと変化していきます。



その後、堺千家/千紹安道安(1546-1607)が「台目床」を創案し、小間の茶室において用いられるようになりました。以降、茶室の床の間は多様化し、その大きさ、床面の種類、形式に応じてさまざまな工夫が凝られるようになりました。


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■ 床の大きさ ■

茶室における床の間の間口には、以下のような種類があります。​


枡床

読み:​ますどこ 寸法:間口91~96cm

台目床

読み:​だいめどこ 寸法:間口130~143cm

六尺床

読み:ろくしゃくどこ ​寸法:間口182cm

一間床

読み:いっけんどこ ​寸法:間口191cm

七尺床

読み:ななしゃくどこ ​寸法:間口212cm





■ 床面の種類 ■


畳床

読み:​たたみどこ 床面に畳を敷き、畳と床框との間に段差を設けない、平一面の形式です。

板床

読み:​いたどこ 床面に木板を張った形式で、格式のある広間茶室に多く見られます。

土床

読み:​つちどこ 床の上面や側面を壁土で塗り、その上から紙を貼った形式です。 千家三代/咄々斎元伯宗旦(1578-1685)の好みとされ、茶室「梅隠」がこの形式の床を備えています。





■ 床の形式 ■


踏込床

読み:​ふりこみどこ 床面と客座の畳の上面を平一面に揃えた床です。千家二代・千少庵宗淳(1546-1614)の好みとされています。

蹴込床

読み:​​けりこみどこ 床框を設けず、床面と客座の畳との段差部分に蹴込板を設けた床です。

押床

読み:​​おしどこ 間口に対して奥行が浅い、蹴込式の床を指します。

祠床

読み:​ほこらどこ 落掛と壁止柱を設けず、床の左右いずれか一方に袖壁を付け、袖壁・上部・内部の壁を壁土で塗った床です。 床の間口より奥行が広く、洞窟のような形状となります。

龕破床

読み:​​がんわりどこ 床の両袖に袖壁を設け、上部の壁・両袖の壁・内部の壁を壁土で塗った床です。 「龕破」とは、仏像を祀る厨子が破れたような形状を意味します。

室床

読み:​むろどこ 床の入隅から廻縁まですべてを隠すように、三方の壁および天井まで壁土を塗り回した床です。 千家開祖/抛筌斎千宗易利休(1522-1591)の好みの床とされ、国宝「待庵」がこの形式を有しています。

織部床

読み:​​おりべどこ 壁面の上部に少し浮かせる形で柱間に雲板を通し、壁に軸釘を打った床です。 織部流開祖/古田重然織部(1544-1615)の好みとされています。

霞床

読み:​​かすみどこ 床の正面に富士の絵を掛け、その前に違棚を設けた床で、表千家七代/如心斎天然宗左(1705-1751)の好みとされています。

円窓床

読み:​えんそうどこ 床正面の壁に、障子や格子による丸窓を開けた形式です。茶室「時雨亭」「皆如庵」などに見られます。

塗廻床

読み:​ぬりまわしどこ 床の入隅の柱を見せず、土壁で塗り回した床です。

釣床

読み:​つりどこ 床框・床柱・落掛を設けず、天井から吊束を下げ、壁に軸釘を打った形式です。

円相床

読み:​えんそうどこ 落掛と壁止柱を設けず、床の前面に円相の壁を付けた床です。銀閣寺東求堂の茶室「洗月亭」が本歌とされています。

壁床

読み:​かべどこ 床柱・床框・落掛を設けず、壁に軸釘のみを打った床です。表千家の反古張席、裏千家の今日庵、武者小路千家の行舟亭などに見られます。

置床

読み:​​おきどこ 移動可能な床で、壁床や釣床などと併用されることもあります。

袋床

読み:​​ふくろどこ 床の左右の一方に、蓮窓や下地窓を設けた袖壁を付けた床です。

原叟床

読み:​げんそうどこ 一畳大の地板の上に床柱を立て、下部を吹き抜けとし、上部に落掛を設けた床です。 表千家六代/覚々斎原叟宗左(1678-1730)の好みと伝えられています。

枡床

読み:​ますどこ 方形の地板に床柱を立て、上部に落掛を設けた床です。 表千家六代/覚々斎原叟宗左(1678-1730)の好みで聚光院「閑隠席」がこの形式を備えています。

琵琶床

読み:​びわどこ 床の横脇の半間ほどを一段高くし、板を張った床です。 表千家七代/如心斎天然宗左(1705-1751)の好みとされ、「松風楼」「雲龍軒」などに見られます。


茶室における床の間は、単なる装飾の場ではなく、亭主の美意識や精神性が最も端的に表れる空間です。掛軸や花を通してその席の趣や季節感を示し、茶会全体の雰囲気を決定づける重要な役割を担っています。


床の間は、時代とともに多様な形式を生み出しながらも、今日に至るまで茶道の精神を象徴する空間であり続けています。それぞれの形式が持つ意味と機能を理解することで、茶室という空間の奥深さを、より深く味わうことができるでしょう。


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❚ 06.床の間 ―役釘―

茶室の床の間には、掛物や花入、茶道具などを掛けるための釘が設けられています。これらの釘は単なる装飾ではなく、床の間におけるしつらえを成立させるための重要な要素であり、茶室の機能性と美意識の双方を支えています。

茶道の歴史の中で培われてきた役釘にはさまざまな種類があり、それぞれ用途や設置場所が厳密に定められています。



以下では、代表的な役釘とその役割について解説します。


■ 軸釘 ■


竹釘

読み:​​たけくぎ 床天井の廻縁の下に打ち込む竹製の釘です。床に掛物を掛けるために用いられますが、張付壁の場合には設けません。

稲妻走釘

読み:​いなずまはしりくぎ ​床天井の廻縁の下に仕組まれ、左右に移動できる構造を持つ釘です。 複数設けることで、二幅対や三幅対、大幅の掛軸などにも対応します。

二重折釘

読み:​にじゅうおれくぎ 床天井の廻縁の下に設ける釘で、掛物を掛けるために用いられます。 折釘を二段に仕組んだ形式です。

走釘

読み:​​はしりくぎ 織部床などに見られる雲板に仕組まれ、左右に移動できる釘です。 複数設けることで、二幅対や三幅対、大幅の掛軸にも対応できます。

折釘

読み:​​おれくぎ 織部床などに見られる雲板に設ける釘で、掛物の位置を調整するために用いられます。





■ 役釘(花入や道具を掛ける釘) ■


花釘

読み:​​はなくぎ 床柱に掛花入を掛けるための釘です。広間では「太口」、小間では「細口」が用いられます。

無双釘

読み:​​むそうくぎ 別名:中釘 床正面の中央に設けられる釘で、掛花入を掛けるために用いられます。 古くは折釘が使用されていましたが、掛軸の裏を傷めないよう、釘先が出し入れできる無双釘が用いられるようになりました。 釘先の形状には「丸」と「平」があり、表千家は「丸」、裏千家は「平」を用います。

花蛭釘

読み:はなひるくぎ​ 床の天井から釣花入を吊るすために設ける釘です。 千家開祖/抛筌斎千宗易利休(1522-1591)の時代には床の中央に設けられていましたが、今日では床の前後中央の左右いずれか一方に設けられます。 設置位置や釘の向きは流儀によって異なります。 花入などの重量物を吊るすため、釘先には宛木を入れ、金具で固定する栓差が用いられます。

落掛釘

読み:​おとしがけくぎ 吊花入を掛けるために、落掛の中央正面(外側)または裏側(内側)に設ける釘です。 千家開祖/抛筌斎千宗易利休(1522-1591)は内側に、千家三代/咄々斎元伯宗旦(1578-1658)は外側に設けたと伝えられています。

柳釘

読み:​​やなぎくぎ 初釜に飾る「結柳」を生ける青竹の花筒を掛けるための釘です。 小間では楊枝柱に、広間では床柱や入隅柱に打たれます。

朝顔釘

読み:​​あさがおくぎ 床横の袖壁や下地窓などに花入を掛けるための釘です。 釘先が割足になっており、左右に開いて固定できる構造を持ちます。





■ 役釘(その他) ■


稲妻釘(喚鐘釘/銅鑼釘)

読み:​​いなずまくぎ 脇床の天井に設け、訶梨勒や銅鑼、喚鐘などを吊るすための釘です。 重量物を吊るすため、釘先には宛木を入れ、栓差で固定されます。

撞木釘(喚鐘釘/銅鑼釘)

読み:​しゅもくくぎ 脇床の天井に設け、訶梨勒や銅鑼、喚鐘などを吊るす際に用いられる釘です。 重さに耐えられるよう、栓差によって固定されます。

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茶室の役釘は、単なる実用的な金具ではなく、茶道の精神や美意識を支える重要な要素の一つです。

掛物や花入を飾ることで、亭主のもてなしの心や季節感を表現し、茶会の趣を演出します。

特に、花蛭釘や無双釘のように、設置位置や形状に流儀の違いがあるものは、茶道の歴史や文化を深く物語っています。



茶室における役釘の一つひとつには、伝統と機能性が息づいており、その役割を理解することで、茶の湯の奥深さをより深く味わうことができます。











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