7-6|八十首 ~ 百二首|07.利休百首|千宗易利休|抛筌斎
- ewatanabe1952

- 2023年5月13日
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更新日:9月11日
全10回 抛筌斎 千宗易 利休

利休百首
― 八十首 ~ 百二首 ―
❚ 本質へと至る道
本項では、『抛筌斎千宗易(利休)(1522年-1591年)(以下:「利休」)』が遺した「利休百首」の中から、第80首から第102首までを取り上げ、それぞれの歌が持つ意味と背景を丁寧に読み解いてまいります。
ここに詠まれるのは、道具に対する姿勢、稽古に込める心、そして「茶の湯とは何か」という本質的な問いへの応答です。
利休が晩年に至り、己の生涯をかけて体得した道のあり方が、簡潔な言葉の中に凝縮されています。
その一つひとつを味わいながら、茶人として歩むべき道を静かに見つめていきましょう。
❚ 八十首 ~ 八十九首

八十、
壺などを床に飾らん心あらば 花より上に飾り置くべし
床に壺等を飾る時には花入より上座に飾りなさい。
八十一、
風炉濃茶必ず釜に水さすと 一筋に思ふ人はあやまり
左右の構えができれば、一分の隙もなく、たるみもない点前となる。
八十二、
右の手を扱ふ時はわが心 左の方にあるとしるべし
右の手で道具を扱うときには左手がおろそかになりやすいので神経を行き渡らせて集中しなさい。 点前に一部の隙もたるみもないように、という心構え。
八十三、
一点前点るうちには善悪と 有無の心をわかちをも知る
ひと点前中は、自分の点前の上手、下手、誤りがないか、覚えちがいはないか、他人からほめられたい、笑われたくないなどということは考えずに、無我夢中にならなくてはならない。
八十四、
なまるとは手つづき早く又おそく ところどころのそろはぬをいう
点前の手順を早くしたり遅くしたり所々で揃わないなどの鈍(なま)る点前をしてはいけない。
八十五、
点前には重きを軽く軽きをば 重く扱う味ひをしれ
重き道具はまるで空のような軽さで軽い道具はまるで石のように扱うことを知りなさい
八十六、
盆石を飾りし時の掛物に 山水などはさしあひと知れ
盆石は盆の上に山水を写すので、その上に山水の軸を掛けることは重複するので避けること
八十七、
板床に葉茶壺茶入品々を かざらでかざる法もありけり
板床に名物茶入や茶壺等を飾るべきではないが、やむ得ぬ場合の「かざる方法(奉書紙を敷く)」もある
八十八、
床の上に籠花入を置く時は 薄板などはしかぬものなり
籠の花入は中に受筒があるので外側の籠が敷板の代わりになるため薄板等は敷かない。
八十九、
掛物や花を拝見する時は 三尺程は座をよけてみよ
床の掛物や花を拝見するときには、三尺(約90cm)ほど離れて拝見しなさい。
❚ 九十首 ~ 百二首

九十、
稽古とは一より習ひ十を知り 十よりかえるもとのその一
稽古とは一から順を追い十まで進み、次は再び初めに戻り一から十を進みそれを繰り返す事である。
九十一、
茶の湯をば心に染めて眼にかけず 耳をひそめて聞くこともなし
奥義とは教えようもなく習いようもない、自分で求め、自分で得るものである。
九十二、
茶を点てば茶筅に心よくつけて 茶碗の底へ強くあたるな
茶を点てる時にはよく注意し、茶筌の穂先が茶碗の底に強く当たらないよう。
九十三、
目にも見よ耳にもふれよ香を嗅ぎて ことを問ひつつよく合点せよ
竹釘は皮目を上に打つのが原則であるが、皮目を下にする方が便利なこともあります。
九十四、
習ひをばちりあくたぞと思へかし 書物は反古腰張にせよ
書物に頼よりすぎているうちは本当の茶道の境地には達していない。
九十五、
水と湯と茶巾茶筅に箸楊枝 柄杓と心あたらしきよし
これらは客に対するご馳走であり敬礼であるため主客とも和敬を保つため、新しい清浄なものがよい。
九十六、
茶はさびて心はあつくもてなせよ 道具はいつも有合にせよ
盆石は盆の上に山水を写すので、その上に山水の軸を掛けることは重複するので避けること
九十七、
茶の湯には梅寒菊に黄葉み落ち 青竹枯木あかつきの霜
茶の湯においては陰と陽の調和が必要である。
九十八、
茶の湯とはただ湯をわかし茶をたてて のむばかりなる事と知るべし
茶の湯は難しいことは何もない。湯を沸かして、茶を点て飲むだけのことです。しかし、この当たり前のことを当たり前にやるということの難しさを知りなさい。
九十九、
もとよりもなき古の法なれど 今ぞ極る本来の法
茶禅一味を説き、茶の湯とはただの遊びではなく、心を養うものであり、それが茶道本来の法である。
百、
規矩作法守りつくして破るとも 離るるとても本を忘るな
規則は守らなければならないが、例えその規則を破ろうとも離れようとも「本(本質)」を忘れてはならない。
百一、
釜一つあれば茶の湯はなるものを 数の道具をもつは愚かな
釜があれば茶の湯はできる、数多くの道具を持つことよりも身分相応を忘れないことが重要である。
百二、
かず多くある道具をも押しかくし 無きがまねする人も愚かな
数を多くの道具を持っている者はそれを隠すことよりも、それを十分活用すればよい
❚ 茶の湯とは何か

第80首から第102首にかけては、利休が茶人として辿り着いた境地――すなわち「本質を見極める心」「形に囚われぬ柔軟さ」「日常にこそ宿る美」――が、簡明な言葉で表現されています。
――湯をわかし、茶を点て、飲む――という、あたりまえの行為に込められた深い意味。
その本質を見失わず、身の丈にかなった道具と所作をもって真摯に茶と向き合う――それこそが、利休の教えの結実と言えるでしょう。
この最後の章は、茶の湯の哲学と人生観が交差する、まさに生涯の道標となる教えです。
❚ 次回は・・・
次回の「7-7|全首一覧|07.利休百首」では、これまで20首づつに分けてご紹介してきた「利休百首」を利休の言葉のみを取り上げ全首一覧で振り返ります。
百首に込められた利休の精神、弟子への教え、そして茶の湯の本質を改めて見つめ直しながら、一首一首の意味がどのように響き合い、全体としていかなる世界観を形成しているのかを読み解いていきます。
登場人物
千利休|せん・りきゅう
……… 天下三宗匠|千家開祖|抛筌斎|千宗易|1522年―1591年
用語解説
板床|いたどこ
……… 板張りの床の間。畳敷きと異なる設えで、飾り方や道具の扱いに注意が必要。
盆石|ぼんせき
……… 小盆に山水の景を写した装飾用の石飾り。掛物との調和が求められる。
浮き船
出船
入船
舟形の花入を吊るす形や向きの種類を表す用語。設えに応じて使い分ける。
規矩作法|きくさほう
……… 作法や形式。利休はこれを大切にしながらも、それにとらわれ過ぎない心も説いた。
古帛紗|こぶくさ
……… 名物茶碗などを扱う際に使われる特別な帛紗。拝見時の礼を示す。
わび|わび
……… 質素の中に深い趣を見出す美意識。利休の美学の核。
用の美|ようのび
……… 実用的な中に美を見出す日本独自の美意識。日用品の中の美。
茶禅一味
……… 茶の湯と禅が同じ精神性を持つとする思想。茶道の核心とされる。

