★2-4|裏千家の茶室|裏千家|今日庵|三千家
- ewatanabe1952

- 2024年3月27日
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三千家

■ 裏千家|今日庵 ■
茶室
❚ 茶室 ~今日庵~
極限まで切り詰めた一畳台目という最も狭い草庵の茶室で、壁床になっています。 宗旦そうたんが隠居所として建てた茶室を「今日庵こんにちあん」と命名し「裏千家うらせんけ」を代表する茶室です。 名前の由来には逸話があります。それは、席披きに遅れた清巌和尚せいがんおしょうが、茶室の腰張に書きつけて帰った「懈怠けたいの比丘びく不期みょうにちを明日きせず」の意に感じて、と言われています。
❚ 茶室 ~無色軒~
七代最々斎竺叟さいさいさいちくそうが好んだとされ、「松まつに無古今ここんの色いろなし」という禅語に因んでいると言われます。この席の扁額へんがくにその筆跡が残っています。五畳敷に一畳分の榑縁くれえん張りがつき、踏込床の様に扱われています。 炉は本勝手向切で下座に張壁床はりかべとこがあります。点前畳の左隅に四代仙叟せんそう好みの 釘箱棚くぎばこたながあります。榑縁張りと点前畳との境の下地窓、大胆な意匠の鴨居など、見どころの多い茶室です。
❚ 茶室 ~平成茶室~
平成茶室は、今日庵の修復工事の間、宗家の諸行事の会場や同門の修道の場とするために創設。
今日庵の南側に建築され、周辺の景観にも配慮された造りとなっており、1階には「聴風の間」、2階には「看月の間」があります。
平成25年の初釜式より使用しています。
❚ 茶室 ~又隠~
茅葺かやぶき入母屋造いりもやづくりに庇の突上げ窓の様式など、四畳半茶室の代表的な建築とされています。躙口にじりぐち周辺の飛石も「豆撒きまめまき石いし」と言われ、三代宗旦そうたんの創意と伝えられています 宗旦が隠居所今日庵こんにちあんを建てたのち再度の隠居の際に建てた庵なので、また隠居するという意味から「又隠ゆういん」と命名したことによります。
❚ 茶室 ~利休御祖堂~
茶祖千利休居士せんりきゅうこじと、三代宗旦居士そうたんこじを祀るところから「利休りきゅう御祖堂おんそどう」と称し、九条くじょう尚忠ひさただ筆の扁額により「清寂院せいじゃくいん」とも称します。大徳寺三門の楼上にあった等身大の利休木像と宗旦の小座像が床正面の丸窓の奥に奉祀されています。邸内奥に位置し、もっとも大切なところです。 三畳中板に炉が切られ、正月元旦と宗家古式慣例の儀式はここで行われます。 隣接の御仏間には歴代宗匠方の御位牌が安置されております。
❚ 茶室 ~溜精軒~
寒雲亭かんうんていと大水屋との間にある六畳を「溜精軒りゅうせいけん」といい、十一代玄々斎げんげんさいの好みで逆勝手出炉ぎゃくがってでろに炉が切られており、除夜釜に使用されます。 桑一枚板の大棚があり、下地窓が「杓しゃくの柄窓えまど」と言われ、使い古しの柄杓の柄でつくられています。床は点前畳勝手付壁面で、亭主床ていしゅどこの構えになっています。
❚ 茶室 ~寒雲亭~
三代宗旦好みと言われています。書院造しょいんづくりが特色で、八畳に一間の本床・一畳の控えの間と付つけ書院があります。貴人きにんのために「真しん」、お相伴しょうばんの人には「行ぎょう」、 自ら茶を点てる場所は「草そう」という具合に、天井を真行草の三段に張り分けていると言われています。 宗旦の独創性と心遣いが示されていると考えられます。狩野探幽かのうたんゆう筆「飲中八仙之図」(通称探幽手違いの襖)、 東福門院とうふくもんいんよりの拝領品を象った櫛形くしがたの欄間らんまなどがあります。
❚ 茶室 ~咄々斎~
十一代玄々斎げんげんさいが、天保10年(1839)利休250年忌に際し、「稽古の間」として造られます。安政3年(1856)宗旦200年忌を営むために改修し、宗旦の号をとって「咄々斎とつとつさい」と改めました。 八畳の席で、床は八代又玄斎一燈ゆうげんさいいっとう手植えの五葉松の柱に久松家拝領の蔦の框、床脇は踏込地板敷の正面に大きな下地窓したじまどを開け、千利休が秀吉から拝領した銅鑼どらが吊ってあります。五葉松の古材を長板の寸法に切り、これを組み違いに張った格天井は「一崩しの天井」と称し、床脇上方の竹、前庭の「梅の井」と名付けられた井戸と共に松竹梅の意匠となっております。 欄間は香狭間桐こうざまきり透かしとなっており、玄々斎の趣向が感じられます。
❚ 茶室 ~抛筌斎~
十一代玄々斎げんげんさいが、天保10年(1839)利休居士250年忌に際し造られました。利休居士の斎号をとって席名としたものです。 十二畳敷の広間で、一間の本床を構え、床脇に地袋と一枚板の棚を設けてあります。床前二畳が高麗縁こうらいべりで貴人座きにんざとなっていますが、畳の配置と縁によって特に上段にせず、わびの姿をも含んでいます。八畳の敷き方も時代で趣を異にしています。
❚ 井戸 ~梅ノ井~
❚ 茶室 ~又新~
昭和28(1953)年、十四代家元無限斎むげんさい(淡々斎たんたんさい)の還暦を記念し、嘉代子かよこ夫人の設計により新築されました。 又隠ゆういんの席に対して「又新ゆうしん」と命名され、 茶の創造的な精神をその名に示しています。立礼席および六畳と三畳台目の茶室からなり、立礼席には淡々斎好御園棚みそのだなが据えてあります。
❚ 茶室 ~対流軒~
十三代圓能斎えんのうさい好みの広間で、扁額もその手蹟によるものです。その名前には、当時の裏千家前を流れる小川のせせらぎに対して、 茶道の伝統の維持と今後の発展を期した圓能斎の決意が託されています。 床柱は又隠の前庭にあった老松、床脇の袋棚には御祖堂おんそどうの戸張の残り裂が用いられています。欄間の遠山風の透しは、銅鑼の旋律を表わしており、素材の取合わせの妙と意匠の斬新さに、圓能斎の茶道発展への意欲的な姿勢を伺うことができます。
❚ 茶室 ~知新居~|東京道場
❚ 茶室 ~雲外軒~|東京道場
❚ 茶室 ~松声軒~|東京道場
❚ 茶室 ~梅庵~|東京道場
❚ 茶室 ~竹有軒~|東京道場
❚ 茶室 ~無限庵~|北海道茶道会館


